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製薬業界を揺さぶるパテントクリフ2026〜2028 — 2000億ドルのブロックバスターが特許の壁に迫る

キートルーダ・エリキュース・イブランスを含む年間売上高2000億ドル超の医薬品が相次いで特許切れを迎える。バイオシミラー市場が一気に開花する一方、製薬大手の収益構造が揺れる転換期の全容を解説する。

田中 紗良オピニオン・論点整理担当

概要

「パテントクリフ(Patent Cliff)」とは、主力製品の特許が一定期間に集中して切れることで製薬企業の収益が急落する現象を指す。2011〜2013年にかけての前回のクリフでは、リピトール(スタチン系)やプラビックス(抗血小板薬)など年間数十億ドル規模の製品が特許を失い、業界全体の収益構造が大きく変わった。

2026〜2028年にかけては、それをはるかに上回るスケールの第2波が到来している。IQVIAインスティテュートの試算によれば、今後5年間で製薬大手が失う特許保護収益の規模は累計2000億ドルに迫る [1]。主要ターゲットはがん免疫療法薬・抗凝固薬・CDK4/6阻害剤といった「次世代ブロックバスター」であり、前回のスタチン・抗血小板薬とは性格が大きく異なる。多くは生物製剤(バイオ医薬品)であり、「後発品」は化学合成の後発医薬品(ジェネリック)ではなく「バイオシミラー」と呼ばれる生物学的同等品となる。バイオシミラーは開発コストと規制ハードルがジェネリックより高く、参入プレーヤーが絞られる分、オリジネーター側の価格下落も緩やかになる傾向がある。

それでも波の大きさは前例がない。以下、代表的な製品と企業ごとの状況を整理する。


1. キートルーダ(メルク)— 製薬史上最大規模の「2028年クリフ」

キートルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)は2024年に290億ドル超の年間売上高を記録し、単一医薬品としてコカ・コーラの年間売上を超えた [2]。メルクの全売上に占める比率は約56%に達しており、同社の業績キートルーダへの依存度は異常な水準にある。

米国での主要組成物特許の失効は2028年を予定する。この一点を巡り、製薬業界全体が戦略の再編を急いでいる。メルクの防衛策は複数の軸で進む。2025年9月にFDAが承認した皮下注射製剤「キートルーダ Qlex」は投与利便性を改善したうえで独自特許を2033年前後まで保有する [1]。さらに既存の抗体を基盤にした二重特異性抗体(バイスペシフィック抗体)の後継品や固定用量合剤(コンビネーション製品)が独立した特許を2042年前後まで持つとされる。

バイオシミラー側では、ドイツのFormycon(FYB206)、アムジェン、サムスン・バイオエピス、バイオセラ・ソリューションズ(中国)などが開発に着手しており、2026〜2027年にかけてFDA申請が相次ぐ見込みだ [4]。FDAは近年、フェーズ1の薬物動態データによるバイオシミラー申請を認める傾向を強めており、開発期間の短縮に向けた規制の柔軟化が進む [4][5]。


2. エリキュース(BMS・ファイザー)— 欧州が2026年5月に先行

エリキュース(一般名:アピキサバン)は経口抗凝固薬市場をリードするブロックバスターだ。BMS・ファイザーの共同販売で2025年のピーク売上は年間140億ドル超に達すると予測されていた [3]。

欧州での独占的販売権は2026年5月19日に失効し、欧州では既に後発参入が始まっている [6]。これにより2026年の世界売上高は15%超の下落が見込まれている。一方、米国の独占保護は米国連邦巡回控訴裁が特許を有効と裁定したことで2028年4月1日まで維持される [3]。FDAはシグマファーム、サンシャインレイク・ファーマなど複数の後発品を事前承認済みであり、米国市場も2028年4月を境に急速なシェア浸食が始まるとみられる。その後2030年までに売上高が90%以上減少するとの予測もある [2]。


3. イブランス・ザイティガ — ファイザーの「2026〜2027年波」

ファイザーは一社で2026〜2028年に集中する大きなクリフを抱える。年間64億ドルのイブランス(一般名:パルボシクリブ、CDK4/6阻害剤)は米国特許が2027年に切れる。前立腺がん治療薬ザイティガ(一般名:アビラテロン酢酸エステル)の独占期間も2026〜2027年に終了に向かう。さらにエリキュース(前述)の2028年米国クリフが重なり、ファイザーは2026〜2028年に年間170〜180億ドル相当の収益浸食リスクに直面するとされる [2]。

ファイザーはこれに備えて2023年に430億ドルでSEAGENを買収し、抗体薬物複合体(ADC)パイプラインを厚くした。肥満症治療薬の開発プログラム(2025年11月にMetsera社の取得を発表)も、ノボ・ノルディスクのオゼンピックに対抗する布石だ。2029年以降の「ポストクリフ」再成長に向けた新薬候補を約20本抱えるとされるが、クリフを乗り越えるための収益ブリッジをどう確保するかが今後2〜3年の焦点となる [1]。


4. オプジーボ(BMS)とダラザレックス(J&J)— 免疫腫瘍学・血液腫瘍の次世代競争

ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)のもう一つのがん免疫療法薬、オプジーボ(一般名:ニボルマブ)は年間71億ドルの売上を持ち、2028年前後に主要特許の失効を控える [2]。同社はキートルーダのバイオシミラー競争と同様の構図を避けるべく、二重特異性抗体リラトリマブ(odsatamab)との固定用量合剤(Opdualag)など後継品開発を急いでいる。

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の多発性骨髄腫治療薬ダラザレックス(一般名:ダラツムマブ)も2028年前後に特許切れが見込まれる主要品目の一つとして挙がる [2]。こうした生物製剤群に対するバイオシミラーの開発は、技術的ハードルが化学合成後発品より高いため、参入企業は大手・中堅製薬企業や韓国のサムスン・バイオエピスのような専門企業に限られる。

2026年上半期だけでも、FDAは複数の新規バイオシミラーを承認している。デノスマブ(プロリア)のバイオシミラーであるポンリムシ(Teva)が2026年3月、ペグフィルグラスチム(ノイラスタ)のバイオシミラーであるエンヌモ(Shionogi)が5月にFDA承認を取得した [5]。これらの例は、バイオシミラー製造における韓国・日本企業の競争力を示す。


5. GLP-1受容体作動薬 — オゼンピックは2032年まで守られるか

肥満・2型糖尿病治療薬の市場を席巻するオゼンピック・ウゴービー(一般名:セマグルチド、ノボ・ノルディスク)については、2026年3月に一部の基本特許が失効したが、投与デバイス・製剤特許・米国の12年バイオロジクス独占権が壁となり、米国でのバイオシミラー参入は早くとも2032年と予測されている [2]。低・中所得国市場では複数の企業が低コスト版セマグルチドの開発を進めており、市場構造の分裂が進む。

イーライ・リリーのGLP-1薬チルゼパチド(マンジャロ・ゼップバウンド)も、ノボに続くGLP-1市場の主役候補として巨大な潜在収益を持つ。GLP-1分野では当面、オリジネーター間の競争が主戦場であり、バイオシミラーによる価格破壊は他品目より遅れる見通しだ。ただし2030年代前半からの参入圧力は既定路線であり、ノボ・リリー両社のポスト・セマグルチド開発が市場防衛の核心となる。


共通点と相違点

今回のパテントクリフは前回(2011〜2013年)と構造的に異なる。

項目前回(2011〜2013年)今回(2026〜2028年)
主要品目低分子薬(スタチン・抗血小板)生物製剤(抗体・融合タンパク)
後発品ジェネリック(安価・参入容易)バイオシミラー(高コスト・参入限定)
価格下落速度1〜2年で80〜90%下落緩やかな下落(30〜60%が多い)
規模累計約800億ドル累計2000億ドル超(推計)[1]
企業への影響広く分散メルク・ファイザー・BMSに集中

バイオシミラーの参入障壁が高いことは、オリジネーターにとって一定の価格防衛力を意味する。一方で、FDAとEMAがバイオシミラー開発の規制合理化を進めているため [4][6]、参入のタイムラインは今後短縮される可能性がある。

薬価引き下げ圧力という観点では、米国の「インフレ削減法(IRA)」によるメディケア交渉条項も重なる。IRAはFDAが承認した医薬品についてメディケアとの価格交渉を義務付けており、特許期限切れ前でも価格引き下げ圧力がかかる構造となっている。

製薬業界全体のM&A動向についてはグローバルバイオテク・製薬のM&A波も参照されたい。また日本製薬企業のグローバル買収戦略については日本製薬企業のグローバルM&A戦略が詳しい。


注意点・展望

第一のリスクは「バイオシミラーの空白(Biosimilar Void)」だ。独占権を失う生物製剤すべてにバイオシミラーの開発が進んでいるわけではない。今後10年で独占権を失う生物製剤のうち、積極的なバイオシミラー開発者がいる品目は全体の100分の1未満という試算もある [4]。患者・保険者が期待するコスト削減が実現しない「空白品目」が相当数生まれる可能性がある。

第二のリスクは価格の二極化だ。GLP-1薬の例が示すように、米国市場(特許・独占権で保護)と新興国市場(低コスト版が流通)の分断が深まる品目が増える。グローバル医薬品市場の公平なアクセスをめぐる議論は、特許制度の再設計論争にまで及びかねない。

IQVIAの予測では、2030年のグローバル医薬品市場は2.6兆ドルに達するとされ、パテントクリフの影響を吸収するだけの成長余力があるとされる [1]。AI創薬の加速(AIが変える創薬・製薬革命も参照)によって新規承認薬のパイプラインが充実すれば、クリフを乗り越える収益補完が実現する可能性はある。


Newscoda の見方

本サイトとして注目するのは、今回のパテントクリフが単なる収益減少イベントではなく、製薬業界の「ビジネスモデルの選別圧力」として機能するという論点だ。バイオシミラー参入者から価格競争にさらされる分野に過度に依存した企業と、次世代パイプライン(ADC、GLP-1後継、mRNAなど)に早期移行できた企業との収益格差は、クリフ後の5〜10年で鮮明になる。

多くの解説は影響を受ける企業の収益リスクを並べるが、Newscodaとして注目したいのはバイオシミラー製造能力を持つアジア企業——韓国のサムスン・バイオエピス、セルトリオン、日本の協和キリン・武田薬品系の企業など——の立ち位置だ。バイオシミラーはジェネリックより製造の難易度が高く、品質保証体制の構築が競争力の核心となる。欧米特許切れの波は、製造能力を持つアジア企業にとって欧米市場参入の大きな機会を意味する。

今後6〜12ヶ月で観察すべき変数:

  • キートルーダ向けバイオシミラーのFDA申請・承認スケジュール(2026〜2027年)
  • メディケア薬価交渉第2ラウンドの対象品目と引き下げ幅
  • エリキュースの欧州後発参入後の価格下落速度(米国参入予測のベンチマーク)
  • 日本の薬価改定(2026年薬価制度改革)とバイオシミラー普及率の推移

まとめ

製薬業界の2026〜2028年パテントクリフは、キートルーダ・エリキュース・イブランスをはじめとする累計2000億ドル超のブロックバスターの特許切れが集中する、前例のない規模の収益転換点だ [1][2]。前回クリフとの最大の違いはバイオ医薬品が主役であり、後発品(バイオシミラー)の参入は緩やかで価格下落も段階的となる点だ [6]。

メルク・ファイザー・BMSは後継パイプラインの積み上げとM&Aで収益補完を図り、GLP-1薬という成長領域は当面バイオシミラー競争から保護されている [1]。一方、バイオシミラー製造能力を持つアジア企業にとっては欧米市場参入の機会でもあり、産業構造の再編が進む局面にある。IQVIAの見通しでは市場全体は2030年に2.6兆ドルへ成長を続けるが、その成果を享受できる企業と、クリフに飲み込まれる企業の差は今から分かれ始めている [1]。

Sources

  1. [1]Global Medicine Spending to Reach $2.6 Trillion by 2030 — IQVIA Institute 2026 Forecast
  2. [2]Top 20 Drugs Heading for the Patent Cliff, 2026–2029 — Genetic Engineering News
  3. [3]Bristol-Myers Wins Appeals Court Ruling Over Eliquis Patents — Bloomberg Law
  4. [4]FDA — Biosimilar Product Information
  5. [5]FDA — Drug Approvals and Databases
  6. [6]Biosimilar Medicines — Overview and Regulatory Framework, EMA

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